熊本高校42年卒同窓会
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井芹敬介君がフィリピン戦没者墓参巡拝に参加

井芹敬介君(11室)が厚労省事業の一環として2026年2月から2月13日までの日程でフィリピン(比国)戦没者墓参巡拝に参加されました。

フィリピン(比国)戦没者慰霊巡拝を終えて

1 概要

厚労省事業の一環として2026年2月4日から2月13日の9泊10日の日程でフィリピン(比国)戦没者慰霊巡拝に参加しました。一都一府22県にまたがり計67名の遺族の参加でした。私は東京在住でしたので東京都からの参加で熊本県からは2名の参加がありました。遺族の参加資格もありほとんどが戦没者の子、孫、甥、姪の続柄で高齢者が多くまた女性の割合が多いのは戦死した父親や祖父を慕っての慰霊だと理解しました。ただ出発前に高齢の女性が羽田ロビーで倒れ旅行を辞退された事を聞きこの旅は命がけの旅だなと認識しました。同行者として厚労省職員6名厚労省からの随行看護師4名旅行添乗員3名が加わり全行程を参加遺族の世話に努めていました。厚労省も国の行う旅の事業なので遺族の健康維持に万全の注意を払っていました。比国滞在中は毎日3食付きでしたが比国の主食はお米なので食事で苦労する事は無くそれでも中華・日本食・洋食・現地バイキングと毎日日替わりで提供され皆さん満足でした。

一方出発前までは自分たちは戦争の被害者遺族であることを心の隅で思っていましたが比国に到着後慰霊巡拝を重ねるうちに実は加害者遺族に当たることを痛感するようになりました。

2 現地でのスタート・慰霊式への出発

―比国内には数百といわれる部隊の戦没地があるものの広範囲に分散しかつ戦後地形も変わり特定できぬため参加遺族の戦没地に近い31地点を選択し67名の遺族を各々ゆかりある地点に集約しこれを小グループに分け巡拝期間内に31の個別の現地慰霊式を実施しました。私の伯父はルソン島での戦死なのでルソン島巡拝組となり他の遺族はそれぞれミンダナオ島セブ島レイテ島へ巡拝し最終日に全員マニラへ集結し日本大使館員同席で合同慰霊式を行いました。

―ルソン島組の遺族数は最も多い29名でこれに引率する厚労省職員2名看護師2名添乗員1名現地ガイド2名が加わり一行36名でのスタートでした。

―毎朝ホテルロビーでベテラン看護師さんから健康チェックしてもらい血圧・血中酸素濃度・検温・聴診器使用しての胸と背中の検診を受け異常あればホテル内で待機するか現地医療機関との相談となります。

―初日はルソン島南部に位置するマニラからルソン島北部へ飛行機を使用しその後は全日程をバスで移動しマニラへ南下しながら計13の戦没地を一日2~3地点のペースで現地慰霊を行いました。

―各遺族は現地慰霊の前日までに厚労省職員より戦没者戦死に至るまでの経緯説明を受けかなり詳細な戦闘概要を含む個人調査資料を与えられたので私はこの資料を貰うだけでも今回の巡拝事業に参加した価値があると思いました。今まで謎だった伯父の生き様が白日のもとにさらされ享年21歳で戦死した伯父の軍歴内容に愕然とするばかりでした。

―慰霊式を13回行うわけですが設営撤去は厚労省職員と現地ガイドの手で行われその都度移動バスから日比の両国旗、祭壇、果物、花輪を取り出し即席に整えねばならず大変な作業だと思いました。

―戦没地と言っても墓は無く途中で式に見合う適当な空き地・公園を見つけたり運が良ければ公共施設を借りたりとして計13の地点をとにかく巡回しました。

―式では出席者全員に献花用菊の花が一輪ずつ渡されたのち黙とう行い、線香と献花を済ませます。 

―戦没者の遺骨については約15万人分は日本へ返還されるも身元特定できないため千鳥ヶ淵墓苑に合葬されているが未だ37万人分は行方不明で比国周辺の海岸線やジャングル内に残されているとの事です。遺骨を送られた遺族はだれも居らず式終了後に付近の小石を2~3個拾い日本へ持ち帰っていました。土壌は検疫で持ち帰り不可だが小石はOKと他の遺族の方が教えていました。

―式終了後は戦没地ゆかりの遺族が一人ずつ挨拶を兼ねて戦没者にまつわるお話をされるのですがいずれも聞くも涙語るも涙の内容ばかりでした。ある高齢の女性の話では父の出征時には母の胎内にいた事そのまま父は戦死し母も既に亡くなった事母の存命中に口癖のように戦没地を訪れたいと言っていた母の願いが本日ようやく叶ったとの事で母の遺影を胸に号泣されるのを見て同伴の娘さん共々回りの遺族全員が涙を流しました。どの遺族の話も大黒柱を失った妻あるいは家族が自分の子どもたちや幼い兄弟姉妹を抱え戦後の混乱期を生きてきた事あるいは一家離散没落し実家は廃家になった事等を打ち明けていました。

3 戦争の愚かさ

戦死者本人の無念さは元より周りの家族全員に厳しい環境を強いる戦争は愚かでまさに狂気の沙汰であることを今回の比国での慰霊巡拝から裏付けされました。

一つ目の狂気の沙汰は戦前日本政府(日本軍)が総計63万人の大軍(大半が20歳代から30歳代の若者でした)を比国へ派遣した事でした。現在比国に居住している日本人は約14千人なのでこの40倍の日本の若者が比国全土に駐留した計算になります。米英植民地からアジアを解放するという大東亜共栄圏を正義と信じ比国へ侵攻した彼らは結果的には自分たちが占領軍となりました。比国内で数百あるとされた部隊戦没地ですが一部隊2千人として250から300の部隊が主要市町村や海岸線や幹線道路に配置されました。

二つ目の狂気の沙汰は当時の米政府(米軍)が日本からの大軍を耳にして

目には目、数には数で米国全州から125万人の米兵を徴集し(こちらも大半が20歳代から30歳代の若者でした)比国へ送りつけた事でした。圧倒的な兵数と軍需物資の差で日本軍部隊をことごとく玉砕させ519千人の日本兵を戦死させ沖縄戦と同等の82%という驚異的な死亡率を出しています。誰が言ったか忘れましたが“戦争はジイさんが決めオッさんが作戦立て死んでいくのは若者ばかり”の名言通りでした。

三つ目の狂気の沙汰は日米両軍の激突のあおりを受け90万人の比国民間人の命が失われた事でした。これは大戦中の日本国内民間死者数50万人をはるかに超える人数で東京大空襲と同等のマニラ大空襲でマニラ市民10万人が亡くなっています。比国領土を戦場とし何の罪もない比国民を比島全島にわたって失わせるもその代償として日本兵519千人の戦死を招いたと思えば戦争の愚かさをただ嘆くばかりです。比国はアジア唯一のキリスト教国で国民の93%がその信者で元々穏当で平和志向の民族ですが不運にも日米の国益の都合のみで自国全土を戦乱のるつぼと化されました。この点日本は敗戦国ながら局地的な空襲や原爆の被害を受けるも国土の全的焦土化は避けられておりその分だけ戦後復興も早かったと思われます。その比国も今世紀に入りようやく日本同様の加工貿易立国として経済的繁栄を手中に収め始めました。マニラ市中心は新宿並みの高層ビルが立ち並び新時代の夜明け感じさせました。これには日比間の戦時賠償協定での1200億円の供与とその後のODA政府開発援助が貢献しているとの現地ガイドの説明で今ではアジア最大の親日国家になっているそうです。

最後に余談を一つ。

戦後の比国を率いたキリノ大統領は自身の妻と3人の実子を日本軍に銃殺されていましたがクリスチャンでもあったので日本人戦犯死刑囚含む捕虜全員を特赦放免し日本へ送還させています。

以来、時は流れ昨年2025年時点で比国成人男女約25万人が就労目的で日本各地に滞在しています。数人または数十人単位で製造工場、病院、養護介護施設、建設現場、コンビニ、ファミレス等で働いています。もし街中で彼ら彼女を見かけましたらそして親しい態度で接してもらえればその昔かの地で戦没した日本の若者の魂も幾分かは和み救われるのではと推量致します。

以上拙き文をお読みいただき有難う御座いました。

2026224日 井芹記

熊高42会芸術祭の案内

熊本高校42会芸術祭 ― 出品とご協力のお願い

 

陽春の候、42会の皆様にはご健勝にてご活躍のこととお慶び申し上げます。

さて、42会芸術部では下記の要領で「第15回芸術祭」を開催致します。どうぞご出品並びに搬入・搬出時のご協力をいただきますようお願い申し上げます。

また、搬入作業終了後の展示会の成功を期しての夕食会及び搬出日恒例の慰労会をいずれも予定しております。どなたでもご参加くださいますよう併せてお願い申し上げます。

 

  令和8年3月15日(日) ご出品連絡の締め切り

作品の種類(絵画、写真、デザインなど)と点数、サイズ、搬入方法をお知らせください。   (案内葉書を作ります)

3月31日(火) この日までに作品の題をお知らせください。

(キャプション、出品目録等を作ります)

5月 9日(土) 午後2時半より搬入、飾り付け。終了後夕食会。

(5月16日(土) 42会総会・懇親会開催、後日、ご案内します)

5月22日(金) 午後3時半より搬出。搬出作業終了後、慰労会開催。

会  期:令和8年5月12日(火)~22日(金)午前11時から午後5時まで

会  場:不言亭(ふげんてい)  860-0842熊本市中央区南千反畑町12-19(藤崎宮参道 吉田病院前)

              TEL096-352-3532

連絡・お問い合わせ

芸術部  佐伯眞知子 090-4779-7067

長渡 純三 090-2585-4374                    2026.2

出田孝一君が熊本城マラソンに参加

2月15日開催の熊本城マラソン大会に出田孝一さん(10室)が出場(フルマラソンの部)、数日前から急に春の陽気

となった熊本の町を完走しました。約14,500人のランナーが参加、沿道からは熱心な声

援が一日中響きました。私は実家そばの40キロ地点から応援、飲料水補給をして、「あ

とひとがんばり!」と背中を押しました。大勢の人が根尽きて歩いている中、最後まで走

り続けた気力と体力に敬服です。あっぱれ! 記・吉本 和子

新年会を行いました

全国で寒い日が続いていますが、1月17日(土)紅蘭亭下通本店で「令和8年新年会」を行いました。39名の参加申し込みがありましたが、当日2人の欠席が出て、37名が集まりました(去年は30名の参加)。当日本坂君の悲報が入り、重苦しい雰囲気になりましたが、会に先だちみんなで黙祷をして彼のご冥福を祈りました。佐伯眞知子会長のあいさつ、北里副会長の乾杯の音頭で会が始まりました。おいしい中華料理と、種類豊富の飲み物で、久しぶりの旧交を温めることができました。ただ、何らかの病気をしている人が多く、アルコールをやめている人が少なからずいました。最後に、宮崎真由美さんが亡くなった廣島君がやっていた雑誌「KUMAMOTO」の復興を宣言し、会を閉めました。次は3月の花見、5月の総会、芸術祭をします。また元気でお会いしましょう! 事務局・辰巳

 

 

本坂剛君の葬儀

17日に亡くなった本坂君の葬儀が21日通夜、22日、本葬が行われました。

多くの弔問者が参列したそうで、42会からも多数お参りしたそうです。

渡辺(藤崎)紀代子さんからの報告

昨年8月に病院から自宅に戻り、奥様とお嬢さんの手厚い看護を受けて、ディサービスに通い、時々冗談もとばしながら、最後は誤嚥性肺炎で穏やかに旅立たれたそうです。

お花いれの際お顔を見たら、髪の毛が真っ黒で一度も染めたことが無いと言ってた本坂さんらしいと思いました。

遺影は微かに微笑んでいて、私も思わず微笑み返ししながら、涙が滲んでくるようでした。

皆さんの分もしっかり感謝を伝えて、ご冥福を祈って来ました。

 

通夜、

訃報

長らく病気療養していた本坂剛君(11室)が17日午後2時ごろ亡くなられました。

昨年3月に入院、8月に退院され、自宅で療養されていました。

以前に胃癌を患い、胆嚢の手術もされていました。

葬儀は次の通り行われます。

通夜:1月21日(水)18:00から

葬儀:1月22日(木)10:00から

場所:平安祭典 高円寺会館 東京都杉並区高円寺北2-1-7 TEL03-3339-1101

喪主:本坂 祥子 様

ご冥福をお祈りいたします。事務局・辰巳

新年会の案内

「令和8年新年会」を次の通り開催しますので多数ご参加ください。

日時:令和8年1月17日(土)

開会:午後6時 受付:5時30分~

会場:紅蘭亭 下通本店 中央区安政町5-26 TEL096-352-7177

会費:7,000円(飲み放題)

参加希望の方は、電話で辰巳(090-4588-9245)まで連絡下さい。

尚、郵便代高騰の折、会費納入者にはハガキを出しましたが、未納の方は申し訳ありません。事務局・辰巳

 

R8年新年会出席者

今日(1月 13日)現在の出席者 39名

1室:匂坂正明・志柿学・河野文夫・小串信夫

2室:村上精一・粟田正樹・中川博志

3室:鮎川久雄・大橋善治

4室:小田和人・吉本和子・匂坂正久・大塚徹

5室:米村勲・瀬上一誠・服部幸夫・古賀一正・住岡秀司・山本哲郎・山本淑子・鈴木愼一郎・上田啓司

6室:西浦慶二・本田政生

7室:新美まり・佐伯眞知子

8室:堤泰宏・富田友記・藤山克己・島村美千代・百井正治

9室:久野成實・辰巳仁・橋本博・武田一信

10室:北里敏明

11室:濵﨑昭彦・東静一・宮崎真由美

今日9日で一応締め切りましたが、上田啓司君(5室)が出席です。昨年は30名でしたので、対前年比+9名です。返信のはがきを頂きましたが、病人が結構多かったです。80歳近くになると仕方がないですかね。17日は元気でお会いしましょう!

返信用はがきが見当たらない人は電話でも結構です。事務局・辰巳(090-4588-9245)

北海道からの近況報告

42会会員ご一同様

皆様にお変わりございませんか。北海道でクマと仲良く暮らしています。自然の掟をわきまえているクマらしく人前には姿を見せません。すぐ近くに暮らしているのは判っているのですが…。

北海道の夏も暑くなり、野菜作りも苦労するようになりましたが、楽しんでいます。娘たち3人は道内の畑作農家に嫁ぎ、後継者も育っているようです。酪農は一代で廃業しましたが、熊本の百姓のDNAは北海道の農業に受け継がれたようです。

皆様、お体を大切に、お元気で!再開できる日を楽しみにしています。北海道から 白石 哲雄

残念ながら、白石君は新年会は欠席です。

昼下がりのアンサンブル

昼下りのアンサンブル

~クラッシック&シャンソン~

のご案内

 

拝啓 紅葉の候 皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます

この度 私が主催いたします「昼下がりのアンサンブル~クラッシック&シャンソン~」を開催することとなりました

年の瀬のお忙しい時とは存じますが 心温まるひと時をお過ごしいただければ幸いです

ヴァイオリンの栁本悠君は私が勤務しました東京都小平市立小学校の教え子です

自閉症というハンディキャップを負いながらご家族の愛に包まれながらヴァイオリンを続けて来ました 今回もお母様の伴奏で難曲に挑戦します

コなおンサートの開催につきましては高校のクラスメートの宮崎真由美さんと会場のリリカサロン三雅様のご理解とご協力をいただきました 深く感謝申し上げます

敬具

 

記   日時  2025年12月7日(日)
開場 13:30 / 開演 14:00

出演    ヴァイオリン:栁本 悠

ピアノ:栁本 由紀子

シャンソン:宮﨑 真由美 (ピアノ:高野 秀子)

会場:Lirica Salone MIYABI(リリカサロン三雅)

 熊本市中央区神水本町17-1  

    入場無料

 

会場は江津湖のほとりの瀟洒な住宅の一階にあり、最寄りの電停は八丁馬場です車でお越しの方は、江津湖の無料駐車場にお駐めいただけます

 

 

令和7年11月  阪本伸一

 

チラシ(猫のヴァイオリン・宮﨑)